『国境をまたぐネットサービスに関する大合議判決(令和4年(ネ)第10046号)』
2023年8月
弁理士法人 藤本パートナーズ
特許部 部門長 弁理士 北田明
『日本国外に存在するサーバと日本国内に存在する端末装置とで構成されるシステムであっても、該システムを作り出す行為が特許発明の実施行為として特許法2条3項1号の「生産」に該当するとして特許権を侵害することがありうると判断された事例』
第1.事案の概要
本件は、発明の名称を「コメント配信システム」とする特許第6526304号の特許の特許権者である控訴人が、米国法人である被控訴人らが運営するインターネット上のコメント付き動画配信サービスである「被告サービス」に係る「被告各システム」は、本件特許に係る発明の技術的範囲に属するものであり、被控訴人が米国に存在する「被告各サーバ」から日本国内に存在するユーザ端末に「被告各ファイル」を配信する行為が、被告各システムの「生産」(特許法2条3項1号)に該当し、本件特許権を侵害する旨主張して、被控訴人らに対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各ファイルの日本国内に存在するユーザ端末への配信の差止め、「被告サーバ用プログラム」の抹消及び被告各サーバの除却を求めるとともに、特許権侵害の共同不法行為に基づく損害賠償請求の一部として1000万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた事案です。
第2.争点
本件は、日本国外に存在するサーバと日本国内に存在する端末装置とで構成されるコメント配信システムを作り出す行為が、特許発明の実施行為として特許法2条3項1号の「生産」に該当するかが争われました。
第3.原審
原審では、『特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する属地主義の原則(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)からは、上記「生産」は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。したがって、上記の「生産」に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。』とした上で、『被告FC2が管理する前記(1)ウ(ア)の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、前記(1)イ(ア)のとおり、令和元年5月17日以降の時期において、いずれも米国内に存在しており、日本国内に存在しているものとは認められない。』ため『したがって、完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない。』と判断しました。
第4.判決
これに対して判決では、被告の行為が本件発明の実施行為としての「生産」に該当するか否かを判断するに当たり、以下の事項を順次検討するという指針を示しました。
1.「被告システムを新たに作り出す行為が何か?」を検討する。
2.「その行為が「生産」に該当するか?」を検討する。
3.「その行為の主体」を検討する。
以下、各事項について詳細に検討します。
【1】「被告システムを新たに作り出す行為が何か?」
「被告システムを新たに作り出す行為が何か?」を検討する段階では、判決は、『ユーザ端末が上記動画ファイル及びコメントファイルを受信した時点(⑧)において、被控訴人FC2の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバとユーザ端末はインターネットを利用したネットワークを介して接続されており、ユーザ端末のブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となるから、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができる。』、『被控訴人FC2が被告システム1に対応するプログラムを製作すること及びサーバに当該プログラムをアップロードすることのみでは、・・・(中略)・・・本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が完成していない』と判断しており、被告システムを新たに作り出す行為として、単にプログラムの作成やアップロードだけでなく、システムを構成するためのプロセスも考慮して判断しています。
この判断は、判決が、「生産」を『単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為』と定義したことに起因するものと思われます。
【2】「その行為が「生産」に該当するか?」
上記【1】で認定した行為が「生産」に該当するかどうかを検討する際には、判決は、『特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであるところ(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、我が国の特許法においても、上記原則が妥当するものと解される。』として属地主義の原則が我が国の特許法において妥当することを認めた上で、以下の検討手順を示しました。
『ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である。』
この検討手順から「その行為が「生産」に該当するか?」を検討するときの検討事項として、以下の項目をあげることができます。
1.行為の具体的態様
2.システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが発明において果たす機能・役割
3.システムの利用によって発明の効果が得られる場所
4.その利用が発明の特許権者の経済的利益に与える影響
5.1~4を総合考慮して当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるか
以下、判決において各検討事項の項目をどのように当て嵌めしたか紹介します。
[項目1]行為の具体的態様
項目1の当て嵌めにおいて、判決では『本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。』と判断しています。
ここでは、ファイルの送受信を一体として国内で行われたものと観念することができるとしているところが特徴的な判断といえます。
[項目2]システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが発明において果たす機能・役割
項目2の当て嵌めにおいて、判決では『国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。』と判断しています。
[項目3]システムの利用によって発明の効果が得られる場所
[項目4]その利用が発明の特許権者の経済的利益に与える影響
項目3,4の当て嵌めにおいて、判決では『さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。』と判断しています。
[項目5]総合考慮
項目5の当て嵌めにおいて、判決では『以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができる』と判断しています。
[小結]生産に該当するという結論
判決では、上記項目1~5を総合考慮した結果『本件発明1との関係で、特許法2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。』と結論付けています。
【3】「その行為の主体」
最後に、行為の主体については、判決では『被控訴人FC2が、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを設置及び管理しており、これらのサーバが、HTMLファイル及びSWFファイル、動画ファイル並びにコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末による各ファイルの受信は、ユーザによる別途の操作を介することなく、被控訴人FC2がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、被告システム1を「生産」した主体は、被控訴人FC2であるというべきである。』と判断し、システムを構成するプロセスを実行するサーバの管理やプログラムの作成を実行した者という観点から主体を特定しています。
第5.まとめ
以上のように、本件の判決によって、国境をまたぐネットサービスとして、例えば、日本国外に存在するサーバと日本国内に存在する端末装置とで構成されるシステムであっても、そのシステムを新たに作り出す行為が、特許発明の実施行為としての「生産」に該当する可能性があることが示され、その判断基準の1つが示されたといえます。
よって、今後、国境をまたぐネットサービスを展開する場合には、他社権利を侵害するリスクに十分な注意が必要となります。また、そのようなネットサービスについての特許を取得する際には、本件で示された判断基準も踏まえて、発明の特定を十分に検討する必要があるといえます。