『損害額の算定に関する知財高裁大合議判決(令和2年(ネ)第10024号)』
2023年1月
弁理士法人 藤本パートナーズ
所長 弁理士 中谷 寛昭
「特許法102条2項による推定が一部覆滅される場合であっても、
当該覆滅部分について同条3項の適用がありうることが示された事例」
本判決は、特許法102条2項による推定が一部覆滅される場合であっても、当該覆滅部分について同条3項の適用がありうることが示された大合議判決です。同条3項の適用の判断指針を詳細に示しており、非常に重要と思われますので、ここに紹介いたします。
1.判決要旨
(1)事案の概要
本件は、発明の名称を「椅子式施療装置」とする特許第4504690号(本件特許A)等の特許権者である控訴人が、被控訴人によるマッサージ機(被告製品1等)の製造、販売等が本件特許権A等の侵害に当たる旨主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品1等の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の一部として、15億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2)判決概要
特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
そうすると、特許法102条2項による推定が一部覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。
そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。
本件推定の覆滅事由は、特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること及び市場の非同一性を理由とするものであり、いずれも特許権者の実施の能力を超えることを理由とするものではない。
しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。
一方で、本件特許Cに係る発明が侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件特許Cに係る発明が寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件特許Cに係る発明が寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。
そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。
2.実務上の留意点
102条2項の推定の覆滅部分について同条3項の適用がありうるという判断が知財高裁の大合議で明確に示された。本判決では、市場の非同一性を理由とする覆滅部分についてのみ同条3項の適用が認められたが、今後、適用が拡大される余地もある。そういった点を踏まえると、今後、高額な賠償命令が増えるものと予想される。企業にとっては知財の活用及びリスク対策が益々重要になると思われる。