1.先使用権とその法的意義
(1)要件
①特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して
②特許出願の際、現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は
(2) 効果
その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する
2.先使用権成立要件〔最高裁昭和61年10月3日判決:昭和57年(オ)第454号〕
(1)発明の完成
物の発明については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく、その物の具体的構成が設計図等によって示され、当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成し、その物を製造することが可能な状態になっていれば、発明としては完成しているというべきである。
(2)事業の準備の意義
「事業の準備」とは、・・・その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。
(3)実施又は準備をしている発明の範囲の意義
特許法第79条にいう「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがって、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。
3.先使用権の立証資料(先使用権を主張するには先使用の事実を証拠によって立証する必要がある)
(1)発明の完成資料
[1] 研究ノート(ラボノート)①長期保存型耐久性 ②差し替え不可 ③ボールペン等保存タイプの筆記具
④連続頁番号 ⑤日付とサイン ⑥ノートの管理
[2] 技術成果報告書
[3] 設計図・仕様書
[4] 証拠と電子媒体
(2)事業関係資料
[1] 事業計画書
[2] 事業開始決定書
[3] 見積書・請求書
[4] 納品書・帳簿類
[5] 作業日誌
[6] カタログ・パンフレット・商品取扱説明書
(3)製品等の物自体や工場などの映像を証拠
[1] 文書以外の証拠
[2] 製品などの物自体⇒公証人役場
[3] DVDディスク
(4)公証制度
[1] 確定日付
[2] 事実実験公正証書
[3] 電子公証
[4] タイムスタンプ
4.事業の準備と立証資料
※肯定事件
①見積仕様書、設計図の提出、入札参加(最高裁 昭和61年10月3日) ウォーキングビーム事件
②試作品の完成・納入(東京地裁 平成3年3月11日判決) 試作品の製作を下請会社に依頼、納入
③受注生産製品における試作品の製造、販売(大阪地裁 平成11年10月7日) 受注生産形態
④基本設計や建設費見積(東京地裁 平成12年4月27日)
⑤金型製作の着手(大阪地裁 平成17年7月28日)
※否定事件
⑥改良前の試作品では否定(大阪地裁 昭和63年6月30日)
⑦概略図にすぎず具体的内容を示すものがない(東京高裁 平成14年6月24日)
以上、特許権侵害を主張された場合に特許の技術的範囲に自社製品が属すると判断されたとしても、先使用権を認定する事実があれば先使用権の主張によって侵害主張に対抗できるのである。