1.建築物(家屋)と意匠について
意匠法の改正により、2020年4月1日より「建築物」や「内装」が意匠法の保護対象となり、既にこれらの意匠については数多くの意匠が登録されている。
本件訴訟は、意匠法改正前の「組立家屋」を意匠に係る物品として登録された意匠権(第1571668号)に基づく差止等請求事件である。本件訴訟において、「家屋」の意匠の要部認定をどのように考察したのか、今後建築物(家屋)の意匠の類否判断に極めて参考になるため紹介する。尚、本件登録意匠は部分意匠であり、しかも関連意匠権である。
2.本件登録意匠の要部認定(判旨)※
(1)登録意匠と対比すべき相手方の製品に係る意匠とが類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う(意匠法24条2項)ものとされており,意匠を全体として観察することを要するが,この場合,意匠に係る物品の性質,用途及び使用態様,公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を参酌して,取引者ないし需要者の最も注意をひきやすい部分を意匠の要部として把握し,登録意匠と相手方意匠とが,意匠の要部において構成態様を共通にしているか否かを重視して,観察を行うべきである。このことは,部分意匠においても異なるものではないというべきである。
(2)前記イのとおり本件意匠に係る物品と被告意匠に係る物品はいずれも組立て家屋であること並びに別紙本件意匠公報の【使用状態を表す参考図】及び被告各建物を紹介したウェブページの写真(甲4,5,14,15,248,249)において,木造の戸建て家屋の外観等が示されていることに照らせば,前記本件意匠及び被告意匠に係る各物品の需要者は,いずれも,木造の戸建て住宅の購入に関心がある一般消費者と認めるのが相当である。
そして,本件意匠は,家屋の正面視に,構成態様d及びeのように3つの矩形からなる柱部及び梁部を,構成態様c1のとおり,梁部が柱部を挟み込むようにして配置し,これにより,構成態様A及びc1のとおり,家屋の正面視に略十字の形状を作出するというものである。また,構成態様f及びgのとおり,柱部は正面側壁面から離れて設置され,梁部は2階床部と接している。本件意匠のこうした構成態様を踏まえて,本件意匠の機能的な特徴を検討すると,まず,梁部は,上記のとおり2階床部と接するように配置されているところ,別紙本件意匠公報記載の【E-E’断面図】のとおり,梁部に構成態様eのように形成される3つの矩形のうち,一番上の矩形のみが2階床部と接するように設置され,一番下の矩形は2階床部とは接しておらず,これらの矩形に挟まれて形成される中央の矩形は空間をなしていることから,梁部は,家屋の構造上必須のものとして配置されるものではなく,専ら,柱部と相まって略十字を形成させ,かつ,上記略十字の形状を浮き出るように配置するなどというデザイン面を考慮して配置されたものであることが推認される。
同様に,柱部についてみても,別紙本件意匠公報記載の【C-C’断面図】,【F-F’断面図】及び【D-D’断面図】によれば,柱部と梁部が交差する箇所において2階床部と柱部の一部が接するほか,1階床部及び天井部と柱部の両端が接するものの,その他に家屋の構成部分と接する部分はない。また,上記各断面図によれば,柱部を構成する左右の2つの矩形の断面は,正面視と平行な辺と比較して正面視と垂直な辺が短いという長方形をなしており,天井部分を支える構造物としては細すぎる。これらの事実によれば,柱部も,家屋の構造上必須のものとまでは認めがたく,主として上記のようなデザイン面を考慮して配置されたものであることが推認される。
また,本件意匠に係る物品は組立て家屋であるところ,家屋は,その性質上,家屋に出入りする際など,居住者や訪問者等が必ずその外観を目にすることから,居住に直接関係する内部の構造のみならず,その外観のデザインそのもの,特に通常玄関の存在する正面視のデザインが,看者である需要者の注意や関心をひくという側面もある。そして,前記前提事実のとおり,原告は,本件意匠に係る意匠登録出願より前に,別紙引用意匠目録記載の建物を製造,販売等していたところ,同建物の正面視には,本件意匠の柱部及び梁部に相当する縦棒及び横棒により略十字の形状が配されていたから,本件意匠の従前のものにはない特徴は,略十字の形状を有するという点のみならず,略十字を形成する柱部及び梁部がそれぞれ上記のとおり3つの矩形からなっていることや,梁部が柱部を挟み込む態様によって梁部と柱部の交差部が形成されていることに存するといえる。
このように,意匠に係る物品である家屋の性質,用途及び使用態様,並びに公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を総合すれば,本件意匠のうち,看者である需要者の注意を最もひく部分は,別紙本件意匠目録記載の構成態様A及び構成態様aないしgにより特定された家屋の正面視の形状であり,これらの部分が本件意匠の要部であると認めるのが相当である。(下線は筆者付す)
[使用状態参考図]
[被告意匠]
※東京地判 平成30(ワ)26166号
<https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/077/090077_hanrei.pdf>
3.意匠の類否について
本件登録意匠と被告意匠とは、「全体として需要者に一致した印象を与えるものであり,美感を共通にするというべきであるから,被告意匠の形状は本件意匠の形状に類似すると認める」と判示したのである。尚、本判決は意匠の要部認定の他、損害論における本件意匠の寄与度の判断も重要である。
4.本件判決の寸評
本件判決は、本件登録意匠の要部認定において、この種物品である「家屋」において物品の性質、用途からすれば家屋に出入りする際、看者が最も注意を喚起する外観デザインは正面視のデザインであると認定した。
この評価は、本件登録意匠のように正面視が最も重要なデザイン創作部分であることに鑑みると賛同できるが、「建築物」によっては必ずしも家屋の出入口ではなく占有面積比が大である側面形状にデザイン創作がある場合もあるので、個別具体的に登録意匠の要部認定を行うべきである。
本件判決は、家屋ではあるが構造上必須か否かよりもデザイン思考を重視してデザイン面を考慮して意匠の要部認定を行ったことは、極めて正当な判断である。さらに公知意匠を参酌して新規な特徴を考察したうえ意匠の要部認定を行っているが、この点も正当な判断である。
5.今後の建築物のデザイン戦略と意匠出願戦略
建築物は一般の日常品や生活用品等の物品に比し大きさ、面積等において大差があると共にデザイン創作の部分も全体か部分か等、何を重点に建築物のデザイン性を考慮し創作するかが重要なポイントとなるため、該デザインポイント(デザイン面)を考慮して、意匠出願戦略を検討する必要がある。特にこの種「建築物」については、意匠の創作者が「だれ」か特定するのに困難を要する場合があるので、出願前に創作者の認定に要注意である。
いずれにしてもこの種「建築物」や「内装」については、出願前のデザイン検討会が最重要となる。よって、デザイン(意匠)に詳しい弁理士との共同検討会議が必要不可欠である。